マーケティングは世界を救えるか?
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反「YASUKUNI」で逆に日本精神を貶める稲田某

映画「YASUKUNI」に対して上映中止の圧力がかかっているという。そしてその背後には稲田某という民族派の国会議員グループがいるらしい。

やれやれ、と思う。

民族派なるグループは、ここ数年、ネット右翼も含め、ずいぶんと増殖しているようだが、私にいわせれば、彼らは真の民族派ではないし、真の右翼でもない。

真の右翼であれば、「日本精神」というものを真に理解し、真に体現する人物であらねばならないのだが、彼らはそもそも日本精神を生半可にしか理解していないからだ。

では日本精神とは何か? 

それはエジプト、メソポタミア、インド、中国を経て醸成された多様な思想文化をベースにこの日本列島に新しく誕生し、さらに西洋近代の民主主義思想を加味して生み出された汎地球的な文化であり、ライフスタイルにほかならない。

したがって、実をいえば、それはもはや「日本精神」という狭い地域呼称でもっては語れないほど
グローバルで普遍性をもつものなのである。

そして、ここが一番重要なのであるが、それはそもそも排除の論理ではなく、受容の論理なのである。暴力を信奉する北風ではなく、愛育を原理とする太陽である。

それは日本精神の源をたどっていけば、この列島に平和共存する八百万の神々の存在に行き着くことからも理解できるであろう。

しかるに、稲田某という連中は目先の「反日」という言葉に神経質に反応して、言論の自由を封殺しようとする。

それは本来の日本精神からいえば、まったくふさわしくない態度だし、逆に日本精神を矮小化し、貶める態度であるとさえいえよう。要はあまりにもケツの穴が小さいということだ。

そんなケツの穴の小さい連中が、われこそは民族派でござい、われこそは右翼でござい、などとわめきたてるのは、見るにしのびないどころか、逆に日本人として恥ずかしいとすら思う。

そもそも、稲田某もそうらしいが、連中の多くが西郷隆盛を尊敬しているという。今でこそ、西郷隆盛はじめ維新の志士たちは、右翼人士、民族派人士のお気に入りの英雄となっているが、当時の歴史感覚でいえば、かれらはむしろ革新派であり、過激な極左ゲリラの首魁であることを忘れてはいまいか。

かようにおそまつな歴史観の上に立ちながら、しかも「我々こそ真の日本人」であるというような顔をしているのが連中の常だが、これほど維新の志士たちを、そして本当の「日本人」を侮辱する行為はないだろう。

明治維新は王政復古を成し遂げたのであるから彼らは天皇中心主義者であり、したがって我々と同じ右派である、とあくまでも自分達に引き寄せて考えようとする輩もいるが、もしここにタイムマシンがあったらの話であるが、当時の政治情勢を今の感覚で客観的に眺めてもらいたいと思う。

あの偉大な西郷どんは、君たちが考えているほど、それほど単純な人物じゃあありませんよ!

映画「YASUKUNI」が反日かどうかは、ここでは問わない。けれど、仮にそれが反日映画であったとしても本来の「日本精神」からすれば、ここはむしろ日本側の懐の深さをみせつけてやるべきであろう。

もちろん中共政府の悪辣で偏向した宣伝を真に受けるのは言語道断だが、あの嘘八百でかためた匪賊政府の倒壊はもはや時間の問題である。

なにをいきりたつことがあろう。その崩壊過程をただ余裕綽々と眺めていればよいのだ。

テーマ:中国問題 - ジャンル:政治・経済

  1. 2008/04/07(月) 10:37:13|
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